
四万十牛
しまんと西土佐のブランド牛「四万十牛」牧場直営の現場からお肉のお話お届けします。
四万十牛が販売されるまで
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
さて消費者が食する肉の価格において牛肉がなぜ高いのか皆さん知っていますか?
鶏、豚、牛などの精肉はそれぞれ生産数と飼育期間が全く異なります。
卵一個から鶏は20日で一羽生まれるのに対して豚は一頭から一度に約15匹の子豚が生まれます。妊娠期間は3月3日、年間2.5回の出産で一頭の母豚から平均40頭前後の子豚が生まれます。
牛は人間と同じ妊娠期間10ケ月で一頭の母牛から年間1頭しか産まれません。そして出荷されるまでの飼育期間は鶏は50日、豚は180日と早いのに比べ牛は生後約30ケ月、つまり二年半が必要なのです。出荷されるまでにかかる人件費、餌代、管理費当の経費の違いもそこに生じてくるのです。

私たち一般消費者はきれいにカットされた精肉を店頭で目にすることしかなく、日ごろから当たり前のように食べているお肉ですが、その命をもらって生きている人間は家畜とそれに従事する方たちに対して感謝と敬意を持つことも大事なことではないでしょうか。

四万十牛については高知県内、愛媛県、大分、宮崎から生後10ケ月前後の子牛を導入し一年半から二年飼育して県内や関西方面に出荷されます。当精肉店としても子牛を育てる畜産業者をはじめ、生態のまま輸送する運送会社、屠畜会社,脱骨処理等一つが欠けても販売は成り立ちません。様々な業者の手を借りて食べた人が笑顔になる牛肉の販売をこれからも続けていきたいと思います。
BSEの苦境を乗り越えて。四万十牛と西土佐が歩んだ、地産外商の20年

四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
前回に四万十牛が誕生した経緯をお話しましたが、四万十牛の商標を取得できたからすぐにうまくいくとは限りません。
平成13年に日本で初めて発症が確認されたBSE(牛海綿状脳症)による牛肉離れ、少子高齢化による人口減少、近隣商業施設への消費流出等、経営的には大変厳しい状況が続きます。
そのようななか、西土佐の良いものを地域外へ売り出そうという地産外商の働きの立役者が現れます。
中脇裕美さんです。
裕美さんは西土佐支所に勤めながら西土佐の野菜や物産等を地域外で販売する道筋を作ってくれ、尚且つ生産者自ら地域外で販売する重要性を教えてくれました。生産者の顔が見れる商品は今でも消費者にとっては安全安心が持てると人気がありますよね。
四万十牛に関しても例外ではなく20数年前、四万十牛コロッケを高知市内で行われるふるさと祭りで販売したのをきっかけに様々なイベントに出店するようになりました。
現在では、ぽっぽ栗やびっくり饅頭、鮎の塩焼き、山間屋のケーキなど県内でも有名な商品が数多くあります。四万十牛コロッケもおかげさまでイベントごとに完売できるようになり、裕美さんをはじめ、支所の職員の方々や中心になってくれる道の駅よって西土佐のスタッフの皆さんに感謝したい気持ちでいっぱいです。
現在では県内でも有名な商品も数多くある西土佐、人口は減っても地域外から多くの人が訪れる人気のスポットとしてこれからも活気ある地域でありますように。
四万十牛誕生のあれこれ
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。横山家に嫁いで40年となり四万十牛が誕生した経緯について振り返ってみたいと思います。
先代が西土佐で畜産業を始めたのは昭和40年代。1頭から始めて徐々に頭数を増やし、自分で重機を借りて山を切り開き牛舎を建設したようです。それと同時に自分で育てた牛を自分で販売しようと江川崎の店舗を借りて精肉店を開業したのが今から55年前のことです。

畜産業を始めて暫くはホルスタイン、F1牛(ホルスタインと黒毛和牛を掛け合して生まれた一大交配種)褐毛和種牛などを飼育していましたが品質や味のばらつきなど業績は思うように伸びません。そのころ四万十市内にも畜産農家が数件ありましたが輸入牛の販売や牛肉価格の下落など畜産業界を取り巻く社会環境の変化により大半の農家は廃業してしまいました。そこで先代は輸入牛に対抗するには品質的にも味的にも最高と称される黒毛和種にしようと決め黒毛和牛に切り替えていきました。

品質も徐々に良くなりお客様からおいしくなったとの声がいただけるようになり自信が持てるようになったようです。そして時代は平成になり丁度四万十川ブームに入り、四万十川にも多くの観光客が訪れるようになると自分の育てた牛に四万十牛という商標登録を3年がかりで取得したのです。
四万十牛が誕生して30年,先代の先見の明と下半身不随のハンデを乗り越える不屈の精神により今も四万十牛は生き続いています。

現在は3代目となっていますが、四万十牛についてこれから色んなお話をさせていただきますのでまずは四万十牛の誕生についてでした。













