
四万十牛
しまんと西土佐のブランド牛「四万十牛」牧場直営の現場からお肉のお話お届けします。
牛の個体識別管理
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
今から25年前に、日本で初めて発生した狂牛病(BSE)は
日本中で牛肉離れを引き起こし、農家をはじめ牛肉を扱う事業者にとって危機となりました。
そのような中でも横山精肉に来ていただくお客様からは、
「よその肉は怖くてよう食べん」
という声を聞き、“生産者の顔が見える食品への安心感” がいかに大切かを思い知らされたことでした。
横山精肉にとってBSE問題の影響はさほどなく
かえって地産地消の安心感で、四万十牛を求めてくれるお客様が増えたかもしれません。
こうした中、国は牛肉に対する安全確保と感染蔓延防止のために牛の個体識別制度を始めました。
牛トレーサビリティ制度といいます。

牛の各個体に10桁の数字を印字したタグを耳に装着し番号で屠畜されるまで管理されます。
その牛の情報はネットで誰でも見ることができるシステムです。
お肉を買うときのラベルに書かれたり店舗内に表示されたりしていますので、
皆さん一度ネットで検索してしてみてはいかがでしょうか?
このように国は消費者の安全安心のための考えて様々な対策を行ってくれます。
が、
それがかえって事業者を悩ませることもあるのです。
次回はそれについておはなししていきますね。
因みに高齢の牛に発生するといわれるBSEは、日本において
ここ15年間は発生事例は確認されていませんのでご安心ください。

時代の進化は牛にまで
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
牛は言葉をしゃべれません。
生き物を育てる畜産業にとって出荷されるまでに命がなくなるのは商売としての死活問題となります。鳥インフルエンザ、豚熱、口蹄疫等ウイルスによって感染する病気は大変恐ろしい伝染病です。
四万十牛の畜舎においても同じです。鼻水を垂らした風邪ひきさんがいれば獣医さんに診てもらって薬を飲ませ、肺炎などの症状になれば隔離して他の牛に移らないように対策をします。

牛は言葉をしゃべれないので飼う側がよく観察し異常を見つけてあげることは大切な仕事です。
しかし大きな生き物特有の恐ろしい事故がかなりの頻度で起こることがあります。
それは牛の起立困難。
通常牛は前足を折ってすぐに立ち上がれる体勢で休みますが、時にはリラックスして足を延ばした状態で横になります。その体制が数時間経つとおなかにガスがたまり起き上がることが難しくなる状態に陥ってしまうことを言います。
その状態になると何とか起き上がろうと足をばたつかせパニックにおちいるのです。その状態をいち早く見つけ頭の向きをロープで引っ張って誘導してあげる処置が必要となります。
800kgの巨体を人間の力で起こすことは不可能なことなので自ら立ち上がることができる体勢へと導いてあげるのです。しかしそれが人の目が行き届かない夜間に起こると牛は胃にガスがたまり、やがて横隔膜を圧迫し呼吸困難による死亡に至ってしまうのです。
当牧場でも過去にはおなかにガスがたまった状態で息絶えた牛を何度見たことでしょう。その度に苦しかったやろう、助けてあげられなくてごめんと申し訳なく思うのです。夜間の見回りをしても朝までの数時間に起こるとも多々あり、農家の頭を悩ませていました。そんな折時代の進化は畜産農家にもやってきたのです。

今や聞かない日がないAI(人工知能)です。各個体に装着することでその牛の健康状態を管理することができるようになりました。例えば先ほどの起立困難が起こった場合、設定したスマートフオンに異常を知らせるアラームが作動します。それによって深夜に起こってもすぐに駆けつけて処置できるようになり死亡事故も格段に減りました。
それだけでなく病気の早期発見、治療後の経過観察等様々なデータがパソコン上で管理することができるようになりここ10年の間の時代の変化に驚くばかりです。
横山畜産で飼育される250頭の牛が無事出荷されるようAIとともにしっかりとケアしながら飼育し品質の良い四万十牛を生産していきます。
四万十牛が販売されるまで
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
さて消費者が食する肉の価格において牛肉がなぜ高いのか皆さん知っていますか?
鶏、豚、牛などの精肉はそれぞれ生産数と飼育期間が全く異なります。
卵一個から鶏は20日で一羽生まれるのに対して豚は一頭から一度に約15匹の子豚が生まれます。妊娠期間は3月3日、年間2.5回の出産で一頭の母豚から平均40頭前後の子豚が生まれます。
牛は人間と同じ妊娠期間10ケ月で一頭の母牛から年間1頭しか産まれません。そして出荷されるまでの飼育期間は鶏は50日、豚は180日と早いのに比べ牛は生後約30ケ月、つまり二年半が必要なのです。出荷されるまでにかかる人件費、餌代、管理費当の経費の違いもそこに生じてくるのです。

私たち一般消費者はきれいにカットされた精肉を店頭で目にすることしかなく、日ごろから当たり前のように食べているお肉ですが、その命をもらって生きている人間は家畜とそれに従事する方たちに対して感謝と敬意を持つことも大事なことではないでしょうか。

四万十牛については高知県内、愛媛県、大分、宮崎から生後10ケ月前後の子牛を導入し一年半から二年飼育して県内や関西方面に出荷されます。当精肉店としても子牛を育てる畜産業者をはじめ、生態のまま輸送する運送会社、屠畜会社,脱骨処理等一つが欠けても販売は成り立ちません。様々な業者の手を借りて食べた人が笑顔になる牛肉の販売をこれからも続けていきたいと思います。
BSEの苦境を乗り越えて。四万十牛と西土佐が歩んだ、地産外商の20年

四万十牛本舗の代表の横山真紀です。
前回に四万十牛が誕生した経緯をお話しましたが、四万十牛の商標を取得できたからすぐにうまくいくとは限りません。
平成13年に日本で初めて発症が確認されたBSE(牛海綿状脳症)による牛肉離れ、少子高齢化による人口減少、近隣商業施設への消費流出等、経営的には大変厳しい状況が続きます。
そのようななか、西土佐の良いものを地域外へ売り出そうという地産外商の働きの立役者が現れます。
中脇裕美さんです。
裕美さんは西土佐支所に勤めながら西土佐の野菜や物産等を地域外で販売する道筋を作ってくれ、尚且つ生産者自ら地域外で販売する重要性を教えてくれました。生産者の顔が見れる商品は今でも消費者にとっては安全安心が持てると人気がありますよね。
四万十牛に関しても例外ではなく20数年前、四万十牛コロッケを高知市内で行われるふるさと祭りで販売したのをきっかけに様々なイベントに出店するようになりました。
現在では、ぽっぽ栗やびっくり饅頭、鮎の塩焼き、山間屋のケーキなど県内でも有名な商品が数多くあります。四万十牛コロッケもおかげさまでイベントごとに完売できるようになり、裕美さんをはじめ、支所の職員の方々や中心になってくれる道の駅よって西土佐のスタッフの皆さんに感謝したい気持ちでいっぱいです。
現在では県内でも有名な商品も数多くある西土佐、人口は減っても地域外から多くの人が訪れる人気のスポットとしてこれからも活気ある地域でありますように。
四万十牛誕生のあれこれ
四万十牛本舗の代表の横山真紀です。横山家に嫁いで40年となり四万十牛が誕生した経緯について振り返ってみたいと思います。
先代が西土佐で畜産業を始めたのは昭和40年代。1頭から始めて徐々に頭数を増やし、自分で重機を借りて山を切り開き牛舎を建設したようです。それと同時に自分で育てた牛を自分で販売しようと江川崎の店舗を借りて精肉店を開業したのが今から55年前のことです。

畜産業を始めて暫くはホルスタイン、F1牛(ホルスタインと黒毛和牛を掛け合して生まれた一大交配種)褐毛和種牛などを飼育していましたが品質や味のばらつきなど業績は思うように伸びません。そのころ四万十市内にも畜産農家が数件ありましたが輸入牛の販売や牛肉価格の下落など畜産業界を取り巻く社会環境の変化により大半の農家は廃業してしまいました。そこで先代は輸入牛に対抗するには品質的にも味的にも最高と称される黒毛和種にしようと決め黒毛和牛に切り替えていきました。

品質も徐々に良くなりお客様からおいしくなったとの声がいただけるようになり自信が持てるようになったようです。そして時代は平成になり丁度四万十川ブームに入り、四万十川にも多くの観光客が訪れるようになると自分の育てた牛に四万十牛という商標登録を3年がかりで取得したのです。
四万十牛が誕生して30年,先代の先見の明と下半身不随のハンデを乗り越える不屈の精神により今も四万十牛は生き続いています。

現在は3代目となっていますが、四万十牛についてこれから色んなお話をさせていただきますのでまずは四万十牛の誕生についてでした。













