大宮・宮崎遺跡(大宮)
発掘調査は、第1次が平成8(1996)年度に、第2次は平成9(1997)年度に実施された。
第1次では、中世・近世の遺物を若干含むものの、主体は縄文後期中葉から後葉にかけての時期の土器や石器が大量に出土し、それに伴う配石遺構19基の検出にも成功している。
遺物の中で特に目を引くものとして、女人像が線描された線刻礫や石棒、サヌカイト製石材核、良好な片粕式・伊吹町式土器などが挙げられる。配石遺構の大部分は、後期後葉の伊吹町式期に構築されたことと、その終焉が晩期にあったことも明らかにされた。
なお、配石遺構を有する愛媛県北宇和郡広見町(現・鬼北町)の例と合わせて、非実用的遺物(線刻礫・石棒)の出土などから、高知県内初の縄文後期に属する祭祀遺跡とみられている。
大宮・宮崎遺跡の調査は、平成7(1995)年度に着手された「西土佐村地区県営ほ場整備事業宮﨑工区工事」に伴う緊急発掘調査として、平成8(1996)年度から行われた。特筆すべき成果として、縄文時代後期(約3,000年前)と見られる「縄文のヴィーナス」と名付けられた線刻礫が出土した。また、祭祀跡とみられる配石遺構も多数検出されている。
大宮地域は、古く縄文時代に狩猟民が生活したと思われ、大宮神社境内と大宮小学校の校庭からは環状石斧と7個の石鏃が出土しており、同校に保存されている。







