薬師如来像及び両脇十二神将(権谷)

芳安寺の創始は、「土佐国幡多郡下山郷地検帳」によると天正17(1589)年以前のこと。本尊は薬師如来であり、両脇立日光、月光両菩薩と十二神将も同じ厨子に、また知恵を司るといわれる文殊菩薩が別の厨子に奉安されている。本尊薬師如来立像は、行基の作といわれるが、現存する像は、江戸時代後半の作と思われる。堂内に伝存する昭和7(1770)年の棟札によると、京都の仏師である尾松左門と尾松太郎右衛門が本尊の修理をし、その後、安永10(1781)年新堂建立時にも本尊の修理があり、両脇立日光、月光両菩薩像と十二神将像が新しく作られた。

明治時代には、本尊を別の地で祭るなど時の紆余曲折を経て、昭和12(1937)年に元の所に新堂建立。平成14(2002)年4月には権谷地区有志の多大な奉賛により、現薬師堂建立に至った。なお、旧暦8日を祭日とし、3月8日、7月8日には祭事が行われる。